遮断機が下りる音がする。人影は無いが足音だけはどこからでもする。
彼かもしれないし彼女かもしれない小さな子供がいた。
どこかかもしれないしどこでもないかもしれない道の真ん中にいた。
周囲の人の往来を気にせずに子供はアスファルトに大きい画用紙を広げていた。
制限速度の標識が黄昏時の斜陽を受けて白い紙に憂鬱に覆いかぶさる。
「何であそびましょうか」
子供が抑揚を欠いた声で呟いた。
「おすきなもので」
どこかから平坦な声がして応えた。
「猫は」「どうぞ」
子供は手に持っていたクレヨンで紙に猫を書いた。
少し静かになったような気がした。
「次は」「木であそびましょう」「どうぞ」
子供は手に持っていたクレヨンで紙に木を書いた。
また少し静かになったような気がした。
「次は」「電車は」「どうぞ」
子供は手に持っていたクレヨンで紙に電車を書いた。
また少し静かになったような気がした。
「どうぞ次は」「あれと遊びたいです」
子供は足音のする方向に耳を傾けた。声は少し時間を置いてから「どうぞ」と言った。
子供は手に持っていたクレヨンで紙にたくさんのひとを書いた。
また少し静かになったような気がした。
「もっと、どうぞ」
大きな紙はたくさんの下手な落書きであふれていた。
まっくろ1色のクレヨンでほかのものを飲み込んでしまっていた。
子供は少し困ったような声で言う。
「もうないです」
声は少しも困っていない声で言う。
「そうでしょうか、良くみて御覧なさい」
子供は両手を、きちんと整えられた白い襟のシャツを黒い色素でベタベタにしてすこし停止する。
しん。しん。しん。
真っ黒な雪が積もってきた。寒くはないな、子供は両手をじっと見る。
「わかりました」「はい」「これです」
子供は手に持っていたクレヨンで紙にあたまとからだをかく。
「よくできました」
クレヨンが紙に溶けてしまう。紙はいつの間にか真っ黒に埋め尽くされてしまっている。
黒い雪も次第次第に降り積もり、静寂すら飲み込んでしまった。
真っ黒である。
黒すらよくわからないけれど黒である。
「また最初から遊ぼう」
声は居る。黒ということすら無くなる。

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