心音が病めるのを感じながらも君の肌理細かな頬を自慰のように撫ぜ続けてしまう僕を嘲笑うワイドキャスターのソプラノが癇に障った。20インチの液晶テレビがつらつらと垂れ流す白熊の危機到来に連想するのはやはり君だ。君が 北極の真ん中で氷像としてギシリアの彫刻のように、ああそうだサモトラケのニケがいい、あのように首の取れた姿と艶やかな羽を持ってそっと薄い筋肉のついた脹脛を凍りに滑らせて瀟洒な絹の一枚布でも羽織っていたらどれほどの感歎の息を僕は漏らす羽目になるのか。 きっと吐き出した二酸化炭素が瞬時に氷結してぼとぼとと僕の足元に突き刺さり、年月を得た鍾乳洞のような有様を作り出すのではないだろうか。 その美しさを脳内で想像して我ながらすばらしい想像に惚れ惚れとして冷蔵庫からボルヴィックの2リットルペットボトルを取り出して飲む。
ああそれから今度は世田谷で起きた殺人事件の周辺調査のようなものをしている。周囲の人が言うにはつまり誠実かつ温厚な好青年であり毎朝ゴミ出しにいく折には優しく朝の挨拶をお辞儀つきで町内会の清掃活動にも意欲的に参加、近隣の老人とはよく会話をし家に呼ばれるような仲、総括して言えば「アイキャントビリーヴ」だけれど「アイ」を「ウィー」に 脳内変換してしまうのは戴けないことだ。つまりその青年は前もって入念かつ十全な準備をしたうえで強行に及んだのではないか。何かを破壊したかったからこそあんなに美しい市民でいられたのだ。それが壊れてしまった残念残念至極残念であるからして、黙祷。手を合わせるだけでなくどうせ意味合いも間違っちゃいない。 3人も殺せば13階段の這いずり抱擁が獲物の体重を待ち構えて垂涎している筈だ。
くだらない事を僕は呟いて、そう、確かに訥訥と呟いている。朝食はアロエヨーグルトと濃い目に入れたカフェラテといった風情の髪を纏め上げて薄い化粧をしたニュースキャスターには興味が無いので、彼女と喋っているわけでない。たとえ彼女が朝の顔として広く全国で愛され親しまれあまつさえともすると夜は下品で卑猥な淫夢の伴侶となっているのかもしれないがそんな事はどうでもいい。彼女の眼球の薄い茶色は彼女と似ているから少し好きだが、今は カラーコンタクトなどという欧米人の劣化品を量生産するための模造品が出回っているために本物だと判別しづらい。僕はこのニュースキャスターに出会うときは「そのブラウンの眼球はオリジナルですか?それともカラーコンンタクトですか?」と聞くことに決めている。イエスかノーで答えられる簡素な質問だし、握手を求めるでもサインを求めるでもひいてはメールアドレスを聞くわけでもないので安心して微笑みながら答えてくれると確信しているし、きっといつか知るときが来るかもしれない。 またもやそうやって、訥訥と、確かに喋りながら、液晶テレビの本体電源を切った。ランプが緑から赤になる。リモコンは前に部屋には虫が入ったときに投げつけたら壊れてしまったので燃えるゴミの日にコンビニで買ったスープカルボナーラのカップと一緒に捨てた。あとロールケーキの食べかけも一緒だったと思う。ゴミ収集車に運ばれてゆらゆら拡販される中で 生クリームが二つに分断された外装のプラスチックから漏れた基盤に張り付いてさぞかしおいしそうだったに違いない。ロールケーキの賞味期限はゴミ出しの1週間前だったけれど。
綺麗でない声で僕は呟いて、そう朗朗と呟いて、昨日の朝ごはんの残り?いや昨日というのはいつの事だかよくわからないから目が覚める前に食べていたものの残りという事にしておこう、それを電子レンジで温める。 ぐるぐる回るターンテーブル見つめながら電磁波を浴びる脳味噌が攪拌される妄想をする卵が弾けるように僕の精神も飛び散るのだろうか?
「ねえ君は何食べる?何も食べないよね?食べたら汚いもんね、だよね。」
部屋の真ん中に鎮座する美しい彫刻を見ながら僕は笑う。 君は綺麗だ。綺麗だ。僕がきれいにしたからもう二度と汚くなんてならない。
排泄物と汚辱と汚濁とありとあらゆる倦怠と傲慢に満ちたビル群を鳥瞰しながら、パックの野菜ジュースを啜る。 ねえ、美しいきみ、僕のきみ、汚いものなんて一切無い僕の部屋へようこそ。もう放さない。


構造と彫刻
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