中央線のえきをひとつ降り、私鉄に乗り換えすこし進み、駅を降りると、先ほどまで空を覆い隠していたビル郡が嘘のようにさっぱりと消え、都内だということを忘れるような閑静な住まいと買い物に最小限必要なお店、すこし狭い佇まいのしずかで上品なカフェがきれいに整頓された街に出ます。 そこを少し奥まったところにいくと小さな高架下がありました。上品でおとなしい街らしく、壁に落書きひとつ見当たらない、とても短い高架下です。しかし乱雑で卑猥な落書きがひとつもない代わりに、そこにはなんだかおかしなものがたくさん壁に貼り付けられてあるのでした。 それはちいさな(といってもよく神社に飾られてある絵馬のようなサイズです)ハート型のステッカーがそこかしこに貼り付けてあるのです。高架下の前のお店は花屋なのですが、そこでハートのステッカーと、それから小さな花をセットにして売っています。 そこでかったステッカーに何かしらがかかれていて、ぺたぺたと壁を覆いつくすようにステッカーが張られているようなのでした。そこはなぜだかすこしおかしな噂がインターネットで、人々の間で、まことしやかにささやかれていて、ひとつのパワースポットのようになっているのです。 昔、時期もわからぬ昔、そこでは愛し合っていたとある二人が家の因縁のため共になることがゆるされず、泣く泣く自決した、池のある場所だったのです。そこから、愛し合っている恋人同士が潜ると二人の嫉妬でオトコ、オンナ、どちらかひとりの首がはねおとされるのだ、という噂が広まりました。  
そうして、その高架下を「肝試し」感覚でたくさんの恋人たちがが笑いながらくぐるようになりました。「本当に死ぬかな?どっちが死ぬ?嫉妬とかまだあるの?死ななかったら愛してないってことでしょ」だけどべつにだれも死にませんでした。
たくさん、ひとが死ぬこともなく通り過ぎていくうちにいつしか「それをくぐるとここで死んだ恋人達の怨念で恋人どちらかの首がとぶ」という噂から、「二人の怨念はとうになくなっていて、首を飛ばすこともせず、見守り、祝福する存在に変わったのだ」なんて噂にかわりました。 そうしていつしか恋人たちの聖地のようになったそこには、ついでにステッカーを貼って通り抜けました、二人の愛を祝福してください、花を手向けます、ということをうたった商売上手な花屋があわられ、無機質だったコンクリートにはきらびやかなハート型のステッカーがべたべたと四方に貼り付けられています。
皆、ニコニコと笑ってハートに名前と「えいえんのあい」を誓うというようなことを綴り、満足そうに死んだ恋人達の冥福を祈る振りをして花を投げ捨てていくのです。
とある昼下がりの午後、平日ということもあってか人通りもまばらで、花屋のおねえさんがあくびをしているところを、ふと、ちいさな猫が二匹、お互いの体をなすりつけながら通り過ぎてゆきました。どうやらお互いの体をペロペロと舐め合っている、つがいのようです。
どこかにいこうとしているのか、ニャア、ミャア鳴きながら、ふたりの猫は仲良さげに、高架下の影に白いやわらかな前足を踏み入れました。すると、突然、片方の首が風のようなものでコトン、ととても静かに、何事もなかったかのように切り落とされました。
血が飛んで、首が落ちます。体は、前に進もうとして叶わず、がくりとくずれおちます。それをまっくろい大きな瞳でみながら、片方の猫が困惑したように細い声でにゃあにゃあとないています。うろうろと倒れた猫の胴体を舐めて、首に鼻をこすり付けます。まったくもって、いみがわからないのだ、というように、静かな住宅街にかき消されてしまうほどの細い声でなきながら、ずっと、ずっと、ずっと。
恋人たちの聖地になったそのアーチでは、人は死にません。静かで、とても住みよい、呪いなんてなかったかのような、その場所で、毎年毎年、鳥、猫、犬の死体、動物の首が切り落とされた死体ばかりがよくみつかるのでした。
うそをつくけもの
(けものよりひとらしいけもの)
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