意味の無さを冗長に語る目の前の女の口に突っ込む金属食器の性質について考えていたのだけれど傍目に見たら物憂げにコーヒーを啜る様にでも見えているのだろうか。皮膚を僅かな朱色に着色する希望的観測、スプーンではなくナイフで、艶やかな材質で、砥がれている陶磁質でもあり、去れど口腔に溢れ窒息に至るほど質量のある泥質、のナイフ。そんなナイフはないか、きっとこの生き物が啜るには一番相応しい筈の。
水添ポリイソブテンプロピルパラベン酢酸ステアリン酸スクロースタール色素人を殺す唇、そんな推理小説五万とある、けれど目の前の女はあくまで無意識に。無意識に。若しかすると僕を殺してから悲嘆に暮れ号泣しそんな悲しみですら嚥下してしまう強靭な意識を誇り微笑んで見せるのだろう。口に突っ込むなら焼け爛れた鉄にしようか。
「聞いてる?」「聞いてるよ」「じゃあ来週は」「映画にしようか」「見たいのあったっけ?」「君の好きなので」「恋愛物は好きじゃないくせに」「見るよ」「そう」「うん」「ならそれで、で話は変わるけれど」「なあに?」
くちがあかい、赤い口。母の母体もきっと赤かったろう、粘膜は赤だろう、血液だろう。それでお上品にパスタを食べてみせる、海老は嫌いなの、と言う。甲殻アレルギーで。相槌役なら恐らく縫い包みで十分だろうね。素材を引き立てるならパセリでいいじゃないか。そういう言語をカフェインに溶かす。何人も同じことをする。そういう赤。 彼女の血液に流れているものは赤だろう、生命の赤。 僕の血液に流れているものは鬱屈した言語の化石でどろどろとしていて血管で詰る。だから僕は思考できない。だから微笑んでコーヒーを啜る。
「おいしい?」「おいしいよ?」
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